「お子さんのために何が一番重要なのか」を考える

今回は「発達障害・グレーゾーンの子の受験を突破する学習法」より、読者の方からの反響が大きかったパートをご紹介します。

特性に応じた指導とご家庭との連携の成果として、様々な進路に巣立っている翼学院生ですが(合格実績へリンク)、残念ながら退塾される方がゼロなわけではありません。ご家庭でのお子様との関わり方の重要性について説明するため、忘れることができない退塾者の例をご紹介したいと思います。

親の上昇志向のため振り回してしまう

Dさんは小学校6年の4月に、お母様とともに当塾にやってきました。それまで大手中学受験塾に通塾していたが成績がまったく伸びず塾内の友だちとの関係もうまくいかないため、翼学院に移籍したいとのことでした。
彼女は、理解力、論理的思考力が非常に高く、1年間みっちりともに学習をすれば、模試で10%未満とされる大学付属中学にも合格できると私は確信しました。
彼女はさっそく翌日から毎日翼学院に通い始めました。その結果、彼女の潜在力はみるみる開花しました。わずか3ケ月弱の学習で、入塾前わずか10%だった志望校の合格率が、60%にまで上がったのです。
すると、志望校の合格率60%が出てから、保護者の方は猛烈な勢いで受験案内を調べ、彼女を連れて毎週末学校を見学し、「この学校はどうでしょうか? うちの子の実力で至りますか?」と頻繁に志望校変更を申し出るようになりました。
このころから、彼女の発言には「お父さんが会社の跡を継げと言っている」といった家庭への不満が混じるようになってきました。
そして、彼女の将来の夢も、弁護士さんやお医者さんなどの一般的にステータスと収入が高いとされる仕事に次第に変わっていきました。
私は直感的に「保護者の方が引いたレールに反発して、逃げるために保護者の方が納得する将来像を描いているのだな」と感じましたが、暫く様子をみることにしました。

SOSのサイン

模試の結果が出てから1週間ほどたったころから、自習のチューターを担当する講師から「Dさんがほかの子を叩いた」という報告を受けるようになりました。当塾の養護教諭も、彼女が爪を噛んでいたり、シャーペンの先で自身の手首をつつくなどの自傷行為を繰り返したりしていることに気づきました。そして、彼女が「死にたい」と言っていることを、私に報告してくれたのです。

タイミングを図り、家族関係を調整へ

こうなると、もはや待ったなしです。私は彼女にさりげなく声をかけ、悩みを打ち明けてもらえるように話す機会を設けました。
彼女は私にお父様の圧迫が非常に苦しいことを打ち明けました。ほかの家族はどのように接しているのか尋ねると、「お父さんが怖いから家族が全員が従っている」とのことでした。そして、「私が苦しんでいること、少しゆるめてほしいことを、お母さんに伝えてほしい」と彼女はすがるように私に頼みました。
彼女からの要望に応えて、この段階では具体的な内容には触れず、お母様との面談日を決めました。ご家庭の事情をうかがったうえで、彼女の言うとおりならば、お母様に少しでも緩衝剤の役割を果たしてもらえたら、と考えていました。
面談当日、彼女のお母様は、怒った表情のお父様をともなってやって来ました。お父様が来る話を聞いていなかったこともさることながら、お母様が確信をもってお父様を連れてきたことに、私は若干の戸惑いを覚えました。
お父様は開口一番、「どうせ娘は俺の悪口を言っているんだろう!」と私をにらみつけながら言います。

保護者の自尊感情もサポートする

養護教諭とともにDさんの塾での様子や、入塾以来Dさんはずっと、お父様を自慢に思っていることを伝えると、みるみるお父様の表情はゆるみました。「娘さんには面談の具体的な内容には触れず、様子を見守ってあげてください」とお願いし、ご両親とも「お約束します」とおっしゃっていました。そのうえで、志望校選びで右往左往することなく、娘の希望する当初の志望校を貫く、とも言ってくださいました。
ところが、やれやれと思ったのも束の間、翌日、塾に来た彼女は絶望的な暗い表情をして、「お父さんに『塾の先生に余計なことを言いやがって!』と長い時間責められた」と言ってきたのです。
その後、しばらく塾通いした彼女は「家庭教師に変える」という理由で退塾してしまいました。それまでのあいだ、養護教諭や彼女が信頼している講師などを通じて彼女との対話を試みましたが、彼女の心は閉ざされたままでした。
退塾後、彼女と同じ学校の生徒から、彼女はどんどん模試の成績が低下し、中学受験は断念したことを聞かされました。ご家庭がSOSを理解してくださり、塾でも支えてあげることができていれば、とつくづく悔やまれます。

すべてはお子さんの未来のために

一般の進学学習塾では、ご家庭の事情には立ち入らないことがほとんどです。
ただ、ご家庭が安定しなければ、特に発達障害・グレーゾーン、低学年のお子様は安心して勉強に専念できません。
私自身、お子様とご家庭との調整にかかわるときのスタンスは、「お子様のためを第一として、保護者の方の立場も理解しながら、自身が嫌われ役になることもいとわぬ覚悟をもつ」を貫いています。
幸い、ほとんどのケースが「塾に相談してよかった」という結果に至っています。これは、ご家庭と当学院グループが「お子さんのため」という旗印の元に一致団結した結果です。しかしご家庭の中にまで介入することはできません。
ご家庭では「お子様のために何が一番重要か」を考えること、そして支援者(教員、心理・福祉専門職、塾講師など)はおごり高ぶらず、慎重のうえにも慎重を重ねてお子様のSOSをキャッチすることが大切なのです。

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